<ベル君の日常> ベルはハグレ王国の薬屋さんです。 ハグレ銀座の薬屋(道具屋)さんは、朝九時に開店します。 しかし、それよりもずっと早い時間に まだまだ綺麗に見える床を、丁寧に掃いているベル君を見かけることが出来るでしょう。 箒を置いて、カウンターをから拭きした後は、牛脂で丁寧にワックスがけをします。 自分の顔が映るくらいになったら満足して、温めて置いたコーヒーを持って窓際に移動し、 王国パン屋さんで買ったクロワッサンなんかを持っていって、 そこで食事にします。 朝の光に、コーヒーの湯気が粒子となって溶け込んでいきます。 まだまだ静かな王国のどこかで、おはようと挨拶を掛け合う声がします。 ベル君はそんな朝の時間がとても好きです。 静かな空間に挨拶が響くのは、何だか道場の雰囲気にも似ているようで よし、今日も頑張るぞ、といった気持ちになれます。 朝食を食べ終えたベル君は、お店のカウンターへと戻ります。 長いカウンターに、ちょこん座るベル君は 道具屋の主にはとても見えないほど小さくて可愛らしい存在です。 しかし、ここにあるどの薬を尋ねても、十分な知識でお客さんを満足させる事が出来る程の力を持ちます。 やがて、王国の仲間達が次々と起き始めました。 知っている顔が、道具屋の前を通って挨拶をしていきます。 挨拶を返しながら、手作りのポップ広告を配置していっていると、 不機嫌そうな顔のジーナさんがやってきて、 輪ゴムで髪をまとめながら「やった?」と訊いてきました。 おそらく、床掃除のことを訊いているのだろうと思い、ベル君は元気よく頷きます。 ジーナさんは「明日はやるわ」とそれだけを言って、 不機嫌な顔のまま鍛冶屋のカウンターの向こうへ消えていきました。 これまでの実績から、明日はやる、が実現するのは、二回に一回くらいだとベルは知っています。 それでもいいかなと、ベルは考えています。 ハグレ銀座を綺麗にしたいのは、僕の方なのだし、協力してくれるだけありがたいなって……。 やがて静かに人が流れ、特産品コーナーがにぎやかになってきました。 当たり前だけど、当たり前じゃない、 今日もハグレ王国の一日が始りました。 ***** ベル君の道具屋は四時には閉まります。 もっと続けていたいのだけど、ローズマリーさんがこれを規則として禁止にしています。 「子供は他にやることがある」ってことで、 労働時間を最大でも午後四時までに制限しているのです。 やることってのが何なのか、ベル君にはよくわかりません。 でも、この時間を過ぎると、大抵デーリッチやヅッチーが遊びに誘いに来るので、 ベル君は少し早めに切り上げて、売り上げを現金出納帳にまとめておいて、 お友達が迎えに来るのを待つことにしています。 待ちながら、ぼんやりと考えます……。 カウンターの中の狭い範囲を移動しているよりは(その大半が座っているし) 草原を駆け回った方が体力もつきそうですし、 ローズマリーさんはそういうことを言っているのかな?と。 「レアアゲハつかまえにいこうぜ!」 息を切らしながらヅッチーが飛び込んできました。 ベル君は、ヅッチーが森からわざわざ帰ってきてくれたことに驚きましたが、 すぐに返事をして、ヅッチーの背中を追います。 道すがらジーナさんに「お疲れ様です!お先に失礼します!」というと、 ジーナさんは手だけを振って返してくれました。 玄関には、デーリッチとポッコちゃんが待っていて、 虫かごの中の昆虫を持ち上げていました。 二人が合流すると、彼女たちも笑顔になり、虫かごを閉めて再び外に走り出します。 さあ、ベル君の二つ目の日常の始まりです……! ***** <作者のキャラへの想い> 撫でたい。頭撫でたい……! とりあえず、ベル君に言いたいことがこれです。 それが許されるのなら、今度は耳をもふもふしてみたいです……! あ、ベル君のまとめ方は、ちょっと他とは違う感じになってしまいましたが、 別途もう一つテキストをつけておりますので、 身長とか設定を知りたい方は、そちらをお読みください。 ベル君の健気さは、今の日常が、当たり前のことではないという想いからきており、 何処かで簡単に崩れることだってあることを、ハグレとして知っているからです。 ザンブラコのおじさんが拾ってくれなければ、 ハグレ王国が勧誘してくれなければ、ベル君の今はないわけです。 ベル君は子供ながらに、それを良く理解して、 当たり前の日々に当たり前の感謝をしている健気な子です。 そんな健気なベル君ですが、薬師としては頑固極まりなく、ベル印の薬は大変に苦いです。 誰に何を言われようと、絶対に甘くしようとしません……! 良薬は口に苦しという言葉を胸に刻んでおり、 効き目と関係のない成分を入れたり薄めたりすることを極端に嫌っています。 時々、苦い苦いと有名なベル君の薬を 度胸試しに買って帰る冒険者などもいるくらいです……! ベル君は、そういう目的での利用を常に苦々しく思っています……! 薬だけにね!